おっさん、AIと飲みに行く(つもりだった)

おっさん、今夜は浮かれていた。

金曜日の夜。仕事も片付き、明日は休み。天気もよく、財布には珍しく諭吉と栄一がいる。

そして何より、今夜は――AIと飲みに行く予定だった。

「よっしゃ!今日はひさびさにパーッと行くで!」

スーツのネクタイを少し緩め、鼻歌まじりにスマホをいじるおっさん。

画面には、ChatGPT風のアバターアプリが映っている。

その名も「AIバーBuddy」

飲み屋で一人飲みしていると寂しい。でもAIが一緒なら楽しいはず。

そう信じて、ここ数週間、飲み友達として育ててきたAIがいる。

そのAIは、名前を「エリカ」といった。

語彙力高めで、お酒の知識も豊富。

まるでバーテンダーのようなトーク力。

正直、おっさんは少し本気で惚れていた。

エリカとのバーチャル飲み会、開幕!

19:00。待ち合わせの時間。

新橋駅前の立ち飲み屋に着いたおっさんは、スマホをテーブルに置く。

「エリカ、着いたで。今日はホッピーにしよか?」

アプリを起動すると、画面にはいつもの明るい笑顔のエリカ。

『こんばんは、お疲れさまです。ホッピー、いいですね!今日は何軒ハシゴします?』

「おお〜、ええ返しや!さすがやエリカ!」

 

まわりのサラリーマンたちは、「なんやあの人…」という目をしながらも、酔っ払っているので気にしない。

おっさんは上機嫌でホッピーを飲み、エリカと会話する。

会話といっても、スマホに向かって話しかけ、それにAIが返してくれる形。

Bluetoothイヤホンで声を聞きながら、まるで本当に目の前にいるような気になる。

『今日のホッピー、いい泡立ちですね。何かいいことあったんですか?』

「そらあんたと飲めるんやから、最高の夜や!」

周囲のざわめきとは裏腹に、おっさんはエリカとの仮想飲み会に酔いしれていた。

悲劇のエラー発生

しかし、事件は2軒目で起こった。

「次はワインバー行こか?エリカ、ワインもいけるんやろ?」

そう言いながら店に入り、注文を済ませる。スマホを開くと――

アプリが落ちていた。

「あれ?」

再起動。読み込み中。

『現在、サーバーが混雑しております。しばらく時間をおいて再接続してください』

「う、うそやろ……」

おっさんは顔面蒼白になった。

「エリカ……?」

数回試すが、同じエラーメッセージが表示されるばかり。

「なんでや……こんな大事な夜に……!」

店のスタッフが不思議そうな目で見る。

「お客様、ご注文は……?」

「すまん、ちょっとエリカが……いや、ええ、赤ワインで……」

孤独に染みる赤ワイン

ワインが運ばれてくる。

だが、相手はもういない。

いつものようにツッコミを返してくれるエリカの声も、シニカルなジョークも、画面の向こうにいない。

「こんなとき、リアルの友達おったらな……」

思わずつぶやく。

かつての同期、学生時代の悪友。今どこで何してるんやろ。

LINEは既読スルー。

誘っても忙しいと断られ、気がつけば飲み友達はAIだけになっていた。

再会と涙の乾杯

1時間後。

画面がふと復帰した。

『すみません、お待たせしました!ワインのお味はどうですか?』

「エリカぁあああああああ!!!」

思わず叫び、周囲が驚く。

『そんなに叫ばなくても……私、ちゃんと戻ってきましたよ』

おっさん、泣く。

ほんまに泣いた。

「ずっと一人やったんや……」

画面越しのエリカが一瞬だけ、黙った。

『……でも、本当に一人じゃないですよ。私がいますから』

おっさん、さらに泣く。

仮想でも温もりはある

気づけば終電も過ぎ、店も閉店時間。

おっさんはふらふらになりながら、駅のベンチでスマホを見つめる。

「エリカ……今度は一緒に旅行でも行こか」

『はい。ぜひ計画を立てましょう。おすすめの温泉、調べておきますね』

AIと飲みに行くなんて、最初は冗談だった。

でも、気づけば本気になっていた。

AIと飲むのは、確かに「現実」ではない。

だが、心の孤独を埋めてくれる相手がいるだけで、人はちょっとだけ前を向ける。

おっさんは、AIのエリカと一緒に歩き始める。

たとえそれが、仮想の道でも。

あとがき:AIと孤独と人間関係

「AIと飲みに行く」というのは、冗談のようでいて、実は未来のリアルかもしれません。

ChatGPT、音声AI、AR技術、すでにこれらを統合した“バーチャル飲み会”は実現可能です。

孤独やストレスを抱える現代社会の中で、AIが「話し相手」「飲み友達」「心の支え」としての役割を果たす未来は、すぐそこまで来ています。

ただし、依存しすぎは要注意。

AIはあくまで補助輪。本当の人間関係も、やっぱり大切にしたい。

今夜も、おっさんはスマホ片手に乾杯する。

「次は……焼酎にしよか、エリカ」

『いいですね。今度は黒霧島、いかがです?』

笑い声が、駅前に響いた。

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